このところヤドカリ娘ぇの朝ご飯で早起きさせられているオカンなので
きのうの日曜日はシッカリ寝坊して10時ごろブランチとなりました。
それでパパハポンがシニアネット福岡交流会場に辿りついたころには
既に会場からシャンソンの歌声が流れていました。
会費のお釣がないとか私の席がないとかいうこともあって、
会場前の喫煙席で待って居る間にシャンソンで思い出したことがあります。
1957年頃だったでしょうか、当時私の上司だった古賀作一課長の
お供をして東京出張したことがあります。
仕事が終ってから古賀課長が「面白いものを見せてやろう!」
と連れて行ってくれたのが有楽町あたりの劇場で、
古賀課長が「見せてやる」と言ったのは日劇ダンシングチームの
ラインダンスでした。
浅草のストリップショーみたいなものを期待していた私は
ちっとも面白くなかったのですが、ダンスの合間に青白いおっさんが
シャンソンを歌っていたのが印象に残ったので後で調べたらこの
おっさんが日本人シャンソン歌手の元祖みたいな
高英男 でした。
私がプロのシャンソンを生で聴いたのは後にも先にもこの一回だけです。
以下余談ですが、帰りの寝台車に古賀課長は横浜から乗るというので
私は東京駅から乗り込んだところ板付空軍基地のアメリカンスクール
教師と称するヤンキーギャルのグループと同席することになりました。
横浜を過ぎても課長は現れないし、ヤンキーギャルが「食堂車で飲もう!」
と誘ってくれたので彼女たちに従って食堂車に行ってみたらナント!
古賀課長が玄人筋風の中年美人と御機嫌で語り合っている場面に
遭遇したのであります。
古賀課長がこの女性についてどんな言い訳をしたか覚えていませんが
ヤンキーギャルと楽しい英会話させてくれた古賀課長には
今でも感謝感謝なのであります。(●^o^●)ガハハ、、、w
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