おいてきぼり
2008年 05月 26日
32年前の私の作文です。
〖1976年11月28日読売新聞「随想」〗
おいてきぼり
二十年ほど前の話である。 かみさんがまだ ”友だち” だったころ、二人は九電ヨット部の帆掛け舟(とてもヨットと呼べる代物ではなかった)を浮かべて うぐ島に遊びに行ったことがある。 当時の博多湾はまだ水も清く うぐ島 のなぎさでは、素手でいくらでもアサリが掘れたし、動力船の往来も少なかったので、ポンコツ帆掛け舟のアカをかい出しかい出し周遊するだけでも結構ロマンチックな気分にひたることが出来たものである。
さて、その帰り、スクーターの後にかみさんを積んで電車道をパタパタと走っていたところ、ふと、おしりが軽くなった気がして振り返ると、なんと、かみさんが百㍍ほど彼方からとぼとぼと歩いて来るではないか。どうやら電車の引込み線でバウンドした時に宙に浮いたかみさんの体が落ちて来た所にはスクーターがなかったらしい。 「どうせそのうち気がつくだろうから、大声を出すこともないと思って歩いていたのよ」 とはご本人の弁。
それから十数年後、私たちは親子四人になって福井県敦賀市に住んでいた。 原電敦賀発電所の前にある浦底湾という美しい入り江で、かみさんにボートの運転をさせ、私は水上スキーを試みた。 慣れぬハンドルにわき目もふらずしがみついていたかみさんは、私が転倒したのを知らずに二㌔ほど突っ走った。 そのうえ、やっと気がついたとたん、あわてふためいてエンストをやってしまったのであるーー。 うかつにもかみさんにエンジンのかけ方を教えていなかった私は、潮に押されて遠ざかってゆく船を眺めて泣きたいような想いであった。
私たちは時たまそれと気づかずに、大事な人をおいてきぼりにして自分だけの世界を突っ走ることがあると思う。 やはり時々は振り返って見たいものである。
by papahapon
| 2008-05-26 21:51
| 日々の出来事